1997年5月1日木曜日

ゼロサム時代に求められる情報調査機能

昨年の10月に当部の陣容が大きく変わり、部の名称も「情報調査部」と改められてから、はやくも7カ月が経過した。新しい仕事の内容もようやく固まりつつある。この機会に、当部の仕事とその役割について、企業における本社機能、そのなかでの情報の意味にも敷衍しながら、考えるところを述べて見たい。

 当部の役割は、社則の規定では「内外の政治・社会・経済・産業等に関する情報収集と分析、基本的調査」となっているが、この「基本的」という言葉がみそである。ビジネス遂行上、日常的に収集される情報とは別の観点からの、基本的で細部にとらわれない骨太の情報分析が、われわれに期待されていると理解されるからである。

 企業は、実際的で具体的な当事者の情報と、ややマクロ的で第三者的な立場からの情報の二つの情報チャンネルをもつことで、はじめてバランスのとれた「複眼」的な情勢の判断が出来ることになる。

 このようなダブル・チャンネルによる情報収集と分析システムは民間会社に限ったものではない。外務省においては、アジア局、北米局などの地域主管局による情報収集に並行し、全世界を横断的にカバーする国際情報局での情報分析も同じように重視されている。なぜならば地域を主管する局は、自分がその地域での政策を立案する当時者であることから、どうしてもいままでの政策により情勢判断が左右され勝ちである。利害関係のない中立的な第三者にはこのようなバイアスはない。両者の判断は必ずしも常に一致を見ることはないが、議論を通じて、全体としては間違いのない判断が可能になるのである。

 ちなみにこのやり方は、イギリスの外務省の伝統に倣ったもののようだ。イギリスでは歴史的に外交官の正式ルート経由の情報に加えて情報専門機関の独自情報が重視される。これは007の小説などでも有名だが、その起源はずっと古く17世紀に遡る。エリザベス一世統治下のイギリス外交は、複数のチャンネルからなる情報網とその情報の徹底的な分析に大きな特徴があった。このシステムのおかげでスペインの無敵艦隊を打ち破り、大英帝国の全盛時代を築き上げていくことが出来たといわれている(中西輝政『大英帝国衰亡史』)。

 日本経済もいま、右肩上がりの成長の時代は終わりを告げ、ゼロサムの時代に入ったといわれる。そのなかでの総花的な総合主義は、平均点すなわち業績のゼロ成長しかもたらさない。グローバル・リスクも一層に高まるなか、方向性を提示し、経営資源のより合理的配分を示唆する機能、すなわち本社機能が今まで以上に望まれている。

 方向性を提示するためには、地道に情報を集め、分析し、問題の「解」を考えなければならない。単なる評論家にとどまることなく、総合商社というダイナミックな企業組織の一機能として、情報を収集し分析し、「解」を考える材料を用意することは当部の重要な役割であると考える。

 「解」とは「ビジョン」でもある。企業レベルにとどまらず産業レベルでこれを考えれば、業界のなかでの総合商社のリーダーシップの在り方にもつながってくるように思う。

(橋本 尚幸)